2009年4月5日

ブログ

ブログは個人が自由に意見できる場である。先日のインクワイアーの記事に関するブログでへこんでいた私だったが、早速友人が違うブログを見つけてきてくれたー
http://floggingbabel.blogspot.com/2009/04/city-root-rootless.html
うれしい意見である。こういった作品を通じた小さな輪が広がって、それが少しずつ成長しながら繋がりを持って行ければ素敵なことだと思う。ありがとうー

2009年4月4日

新聞記事

今週のフィラデルフィアの新聞に作品の記事が写真つきで紹介された。タイトルは日本語に訳すると”拒絶された彫刻、目下センターシティーにて休息中”といったところであろうかーhttp://www.philly.com/inquirer/magazine/42311802.html
インクワイアーの記者の方から連絡があって、いろいろインタビューを受けたが、記事は作品の美的な評価よりも現実的な金銭的な問題のほうに重きが置かれてしまった気がする。読者からの批判的なブログの意見も見つけて困ったが、友人からはアメリカには”記事(に扱ってもらうこと)はすべて良しとする”という言葉があるそうで、細かいことは気にせず、ありがたく思っていれば良いとアドバイスを受けた。こんなときこそ心をを広くもって、プレッシャーに負けずにがんばって行きたい。

2009年3月31日

鳥かごの格子とドット

イメージを物質としてかたちづくること。鳥かごの格子ーつながりを持つように見えるドット,木の肌から移された木炭の、ある時間の軌跡。一つ一つの,具体的な存在としての、ドットとイメージの関係を厳しく見つめること。

2009年3月25日

屋根のない鳥かご

今、”屋根のない鳥かご”のシリーズの作品を作っている。鳥かごのケージ一本一本の格子に、まず下貼りの和紙を巻き、その上に上張りとして、今度はロビングを施した和紙で(これもまた細い格子一本一本を)巻いていくという作業ーしかも木肌の模様は合わせたいので結構気を使うー殆どの人は気づかないかも知れないが、細いケージの間から浮かび上がってくる模様には、何とも言えない不思議な魅力があるものだ。日本に帰る前に仕上げたかったがーとにかく残り10日間で一つは仕上げたい。ドレッドヘアーのdante君とかわいいnaoちゃんが来くれる日には,多めのご飯を炊いていく。皆でお弁当を食べたりして,結構和やかな日々である。naoちゃんは新しい本の編集も手伝ってくれた。ありがとう。明日は遂に税金申告を終わらせ、制作に集中できるように頑張りたいー今日は長い夜になりそうである。

2009年3月22日

おじへ

昨日とても悲しいメッセージを聞いた。父の兄で宮森家兄弟の中では飛び切りの秀才(元東大書生)にしてハンサムな漸おじが亡くなってしまった。今回は私の愛用しているコンサベーション仕様のスーパーめがねをお土産に用意して遊びに行くのを楽しみにしていたのに。ただいつも和服で腕を組んだりして芥川龍之介のようにクールなおじのこと、私が前回買った補聴器同様、拡大めがねなど絶対にかけなかったことと思う。高校野球をみているときに具合が悪くなり、意識がないまま3日間で逝ってしまった。

父の実家は裕福ではなかったので,兄弟みんなで稼いで仕送りし続け、長男である叔父を大学に行かせたそうである。(長男だったら俺だって東大に行けたのだーと次男である父は負け惜しみを言っていたのを覚えているーそんな時代であったのだ。頑張り屋の宮森家兄弟の長男として君臨していた伯父さま,本当にお疲れさまでした。

今日おばに弔電を打っているとき、アメリカ原住民の詩が思い浮かんだー皆の悲しみを尻目に、魂となったおじは今、役目を終えた安堵感で、タバコでもふかしながら微笑んでいるのではなかろうか?ダンディズムはまだまだ続いているのではなかろうか。

When you were born, you were crying and everyone around you was smiling. Live your life so that when you die, you're smiling and everyone around you is crying -

- Unknown

Back to my studio in Philly

しばらくニューヨークでの仕事が忙しく、なかなか自分の時間が取れなかったが、3月は久しぶりにスタジオで自分の制作が出来きている。ちなみにニューヨークでは11月よりコマーシャル関係の仕事を請けおってクリスマスもお正月も誕生日もバレンタインデーも缶詰状態でした。しかし周りを見回すと仕事のない人が結構多くて、依頼があったのはありがたいことだと思う。つかれたー。4月6日にフィラデルフィアで撮影があり、(Leeway FoundationのTransformation Awardというのを先日いただいて、その関係の仕事です)、それが終わればすぐに日本に帰国ー今度は長くて6週間、特に予定はないので今度は家でゆっくりしたい。

2008年11月2日

Japan

10月19日から31日まで短いけれど久しぶりの日本を堪能してきた。アメリカにいると日本の環境の良さが実感できる(特に食べ物)。私は飛び切り贅沢をしようとも思わないし、むしろハングリーな環境のほうがやる気を出せるたちなのだが、日本にいると本当にリラックスしてしまい、仕事のことも考えない生活を平気で送ってしまう(これは結構問題)。

ところで今回はクルドの人たちが作った折鶴を持って広島の原爆ドームに行ってきた。原爆記念館を見終えた後は言葉が出なかったが、本当に多くの人にこの記念館を訪問して欲しいと思うし、記念館のレプリカを世界各地に設置して欲しいと思った。科学者、文学者、芸術家を問わす、繰り返し唱えられてきた平和という言葉は、この凄惨な史実を見過ごして唱えられるものではなかったことを改めて実感することになった。

広島では広島市立大学の伊東敏光さん、松井真由美さん、それに海老沢達夫さん(私の20年前の先生でした)と飲んで、次の日には松尾さんと一緒にお好み焼きを食べた(広島のお好み焼きは初体験であったが、すっかりファンになりました)。また同大学で教鞭をとっている柳幸典さんや、広島現代美術館で個展準備中の祭国強さんにも会えた。いまや世界で活躍中の祭さんーつくばで知り会って以来、久しぶりであったが、流暢な日本語で話をしてくれた。広島大学の体育館で作った作品ーかなりの大きさであったが、美術館の一室に満たされた水面にその影が映しだされていた。

東京では父と共に靖国神社に行ってきた。私は戦争は絶対反対であるが、特定の日本人のみを犯罪者とした東京裁判は、戦争というものをあまりにも簡単に、また一方的に断罪した手段であって、その行為はいつか世界に詳らかにされ、語り継がれなくてはならないと思う。靖国神社内にも記念館があり、戦争に関わる各種資料やヴィデオを見ることが出来、戦争と平和というものについて改めて考えることとなった。先日父からのメールに、”敬子さんに誘われて久し振りに靖国神社を訪ね、あらためて戦争の悲惨さと平和の有難さを実感し、自ら不戦の誓いを固める機会ができたことを感謝している”とあったが、家族や国のために一生懸命働いて今ある日本をきずいてくれた世代にこそ、われわれは感謝と敬意を示すべきである。ありがとう!