2008年2月29日金曜日

ニューヨークにて

昨日はニューヨークで二つの展覧会をみた。ひとつはクイーンズのアーティストスタジオでの4人展。彼は日本人の参加者だよ”と出品作家の友人に言われて、その人に日本語で話しかけてみた。しばらく話してから、ほかの日本人の作家(安部典子さん)が会場にいたので話をしていた。後でわかったのだが、私が話していたのはOscar Oiwa ー大岩オスカールさんだった。日本の人気作家の顔を全く知らない私は、失礼にもニューヨークに来る前はどこに住んでいたのですか、とか素人くさい質問をしてお茶を濁してしまった。彼は前は東京、その前はブラジル、といっていたが、大画面の込み入った画面を前にしていた私は、その時点で気がつくべきであった。ごめんなさい大岩さん、現代美術館での個展も決まっている若手のホープであったのにーミッキーの絵のことなど、もっと作品の内容についてお話してみたかったです。ちなみに安部さんには数年前連絡をもらったことがあったが、それきりになっていた。同じビルにスタジオがあるということで、作品や“ギロチン”なる紙裁断機などいろいろみせてもらい、ニューヨークの生活のことも聞かせてもらって楽しいひと時を過ごすことが出来た。

そこから知人の写真家のKenji Takikgamiさんの作品を見に行くため、一転して国連ビルで行われている”Voice of the Artist” 展へ行ってきた。作品はニューヨーク一流シェフのポートレート12点。料理家は多くの血を見て、肉を切り、味覚を伴った美しい芸術を紡ぎだす。穏やかな風情をたたえた彼らと周りに漂う肉の匂い、この拮抗が気品のある、リアルな作品群を生み出していたと思う。また、JALの航空技師で画家でもあるという上田哲也氏の絵画はヤマガタヒロの旧作を思わせる、カラフルで綿密な描写で人気を博していた。謙虚で愛らしい性格の上田氏、このような作家が将来馬力を出して世界で活躍するのかも知れない。(ちなみにヤマガタ氏のアフガンのプロジェクトー力技ではあるがーは凄いものがある。美術と大衆の関係ー美術畑にとどまらず、人を巻き込んでいく力、彼のコンセプトに一貫して流れているものは、実は侮れないものだ。ー私見ではあるが、岡本太郎が最終的に挑んだのが”大衆”ではなかったかー。2010年、世界で多くの人が、一人の日本人作家が仕掛けたエンターテイメントに操られるーそれを唯のイベントとするか、より深い何かを見るものに残してくれるか、作家の裁量が問われる時である)

ところで詳細は控えるとしても、国連ビルのセキュリティーはさすがであった。そして、セキュリティーゲートと職員を背景に、主催者のスピーチが続き、最後に美しいダンスの披露ークイーンズでのオープニングと180度も趣が違うーしかして、これが何故か”ベリーダンス”だった。もうこうなると、般若心経の境地ではないか。会場にいた諸氏、それなりに一体となり楽しんでいた。最後は人生、なんと言ってもギャーティーである。

2008年2月26日火曜日

暴力と非暴力の関係について

暴力と非暴力の関係についてー先日、中国西部で独立を訴えるチベット民族と治安当局が衝突し、チベット仏教の僧侶ら約200人が拘束、多くは殴られるなどの暴行を受けた。暴力を用いずお互いの主張を分かり合う方法、血を流さずに民族紛争を解決する方法、人間が野蛮から解放される方法を人間に授けるものは何かー暴力は暴力を生む。芸術に社会のイデオロギーを変える力はあるだろうか?信じること、個人のレベルで、アイロニーでなく、中心から、誠実に考えること。

独裁国家における政治の力によって、報道以上にひどい現実があるようだ。頑張れチベットの人々ーダライラマ卿の望む平和な世界を共有できる日が来るために。

2008年2月25日月曜日

Memo

Some people make things for the the world, some people make the world for things. それらをすべて受け入れる場所を想像すること、それは一枚の切手の中にさえ存在できる。エバンスの様に。柔らかな暖かい手を差し伸べることができる。残虐な、おぞましい現実を、同様の脳が救済することが出来るかどうかについての考察。人類が直面している問題は自分のものでもあるか?それを完全に忘れ去ることが可能であるかの実験。現実世界との切り結びー

2008年2月24日日曜日

Boat is back


去年の秋からフィらデルフィアのLiao Collectionの Lights展で展示されていたインスタレーション ”Gate, Boat and Light”のボートがスタジオに帰って来た。中国の古い門にのアメリカのカヌーが入って行く様子をライトを天井にバウンスさせて柔らかい感じて作ったのだが、いざ自分のスタジオに持ってくると、20フィートのボートはー大きすぎる。。。手伝ってくれたあつ子ちゃん篤君は言葉を失って(笑って)いた。なんだか船酔いしそうな仕事場になってしまった。。

2008年2月22日金曜日

会話

作品と人生。私は作品を作ることによって自分をなくす。私がどんどん重要でなくなっていくこと、作品の周りにあるものと共に、やさしく、包み込むまれるように、自分が消滅していくこと、それが私にとっては重要なことのように思われる。いろいろな作家がいるーたとえば友人のシャンの場合はまず抑えきれない自分がある。中心は自分にあるということ、どこまでも自分を意識し続けるということ、それは突き進めば狂気となって彼自身をも崩壊させるエネルギーを持っている。私はおそらく正反対の性格をもつ作家となるかも知れない。シャンからは文化大革命時に中国で起こったこと、子供のころの体験を聞けて、いろいろ考えることが出来た貴重な時間だった。また今度ゆっくり話したい。

2008年2月20日水曜日

There is no reason

昨日起こったこと。子供と動物には比較的なつかれやすい-はじめて会ったシャンの子供に真顔で”I like you" と言われたので”I like you, too" と答えた。“なんでぼくがすきなの?”とまた聞かれたので。“理由はないよ”と答えた。

2008年2月15日金曜日

メモ

そこに自分をなくすこと。同一化。つながりの中の一分子として。それをいかに伝えるかという模索。

2008年2月10日日曜日

中国人アーティストのスタジオ@クイーンズ


翌日ライターのジーンを‘アートジャック“して、クイーンズの友人のスタジオに行った。シャンはとても才能のある私より4歳年下の中国人作家でフィラデルフィアからの移民組—とてもチャーミングまた作品がすばらしい。ー政治色もあるにはあるが作品の強度というものがる。これからもっと中国の作家が注目されるようになるだろう。彼らの体験してきたことはすごいーー。(後でわかったことだがシャンは天安門の時に20歳で警官に重傷を負わされた挙句に後で雑誌に写真が載っているのがばれて刑務所に入れられた経験もあるそうだ)ところで彼のスタジオを出てps1に行った。その日は入場料が無料で、私達がある部屋に行ってみると突然の吹雪—これには一瞬すべての部屋がヴィデオインスタレーションかと思うほど美しい風景だったーそれからシャンの作品(彼が2001年にps1に仕掛けた作品—現在も無事に展示中−そしてちなみに彼の作品はほかの美術館にも仕掛けられているそうであるーさすが!)を見て、猛吹雪のなか帰途に着いたーが地下鉄から出てみると吹雪はやんでいた。楽しい日だった。ありがとうシャン!

2008年2月9日土曜日

戦後の日本憲法9条と美術展@ソーホー

ところで先日の展示の大きな意図は、憲法9条をアメリカに広く紹介しようとする目的があったと聞いた。日本では9条(特に2条)を書き換える動きがあるが、私個人の意見としては9条は弄くり回さないが良い。核兵器の実験場になってしまった日本だからこそ行うべき正当な解釈が既にあるはずである。そして抱き合わせとなっている日米安保条約が違憲であることを素直に認めて、9条を平和憲法として世界を説得する権利/義務を有している。いずれにせよ全世界がもういい加減に野蛮な殺傷プロジェクトを撲滅するように働き始めて欲しい。そんな計画を悠長に練っている場合ではないー30年後のプランクトンの問題のほうが最終的にどれだけ人類にダメージを与えるのかわかっているはずである。

ちなみに展示そのものは照屋勇賢氏の“さかさまの”日の丸をくぐって始まり、壁には9条の日本語、その英訳、戦時中の鳥居の残骸を取った下道基行氏の写真連作と続いていく。そして最後は、ヴェネッサ アルブリーのインスタレーションー(自分が怖いとするものを紙に鉛筆で書き、それを備え付けのろうそくの火で焼き、代わりに花をうけとるというもの)で締めくくられていた。

中央の小野洋子さんの乳白色のチェスの作品は美しい光を放っていた−本来の皮肉さ面白さを見れなかった人のために、実際のゲームのヴィデオ取りが設置されていれば良かったのにと思うがーとにかく造形的な美しさが展覧会場で際立っており、戦争をテーマとする美術作品のあり方として私は好きな作品だ。タイトル“Play It By Trust" もスマート。

森村泰昌氏の作品は自分が三島由紀夫に扮し、公衆の面前でスピーチをする様子をヴィデオで放映するものだったがー演説は真に迫っていなかった。(それは彼の意図?)最後にカメラを大衆に向けるとそこに聴衆はなく、その瞬間に凝縮されたリアリティーは、—偽者の偽者は本物—ということなのかも知れない。戦争や自決など現実に起こった史実を“ネタ”として美術家が用いるときに、観客に強いインパクトーコネクションを感じさせるのはとても難しいことだーと感じた。森村氏が三島とともに自己の肉体嗜好に関する執着と葛藤があった結果としての本作品であったなら、それは戦争というテーマからはちょっと逸脱した次元における表現活動で、むしろ彼が三島に扮していく“化粧”のプロセスこそがヴィデオで撮られるに相応しいかも知れず、そこに三島という個性がその時代と結んだ関係性を、氏の切実さと強度を持って示せたのではと思う。

以前富山県で美術館で秘密裏に売却され、何百冊もの図録が焼却処分されたことで社会問題になった大浦信行氏の一連の作品が見れた。これは天皇批判では決してない作品でありながら、確かに一部の人間にとってこの作品群を見ること自体が踏み絵にも似た感情を引き起こすだろうとは想像できた。1995-6年に田部光子氏(かの九州派)が裕仁天皇の同じゼロックスをつかったコラージュをニューヨークで発表したのを見たことがあるが、戦前生まれの彼女はそれを確信犯的に使っていた。私は戦後に生まれ、天皇を神として育てられた世代ではないが、私の父親は士官学校で教育を受けた世代である。戦後も猛烈に勉強と研究をしてアメリカにも渡り、最終的には天皇陛下から二つの勲章までもらってしまった。(お父さんすごいーー)家庭はあまり返りみなっかたから、ひとえに“国のために”頑張ってきたのかも知れない。裕仁天皇が崩御した時、(亡くなったと言ってはいけないと教わった) "記帳に行くぞ!"と言われて真夜中に明治神宮まで出かけたのを今も覚えている。そのとき集まった多くの群衆と直立不動の父の震える手を見て、これはもうただ事ではなかったのだと実感したものだ。愚痴もアメリカの悪口もいう人ではなかったが、朝はいつも早く起き、(84歳になる現在も朝6時から7時まで必ず運動をしているそう) 軍歌を明るく歌いながら子供を起こしていたから、ある意味で日本帝国の存在をポジティブに子供に刷り込もうとしていたのかも知れない。。。(数回”あめ公”と言ってしまったのは覚えている) いづれにしても、そんな感情は持たないアメリカの鑑賞者や若い日本の世代が、そこに織り交ぜられた風俗や歴史性、あるいは全体の形式美によってのみこれらの作品に惹きつけられ、ある特定の顔写真にそこまで過敏な反応を見せた日本の体制を理解できないのは当然であるーそんなことを思った展示だった。

ヴェネッサのインスタレーションの作品は、展示の最後に簡潔に作られていた。どこかで似たパフォーマンスを見たことがあった気もするが、彼女のパフォーマンスは、深い個人の記憶と結びついていて、そこにしか行き着けなかったであろう一抹の切実さがにじみ出ているようだった。私も紙に自分の恐れるものを書かせてもらった。焼かれた灰は何層にも重なっていて花びらのように美しくガラスの器に盛られていく。そして私は祭壇(?)から花を受け取る事が出来るのだ。私はその花を自分が制作している“つなぐ壁“の作品一部に組み込むことにした。"Hopeless"という言葉の焼却と引き換えに受け取ったその美しい花びらをー。一瞬, 松沢宵氏の"死を想え"の名文句が美しい花に重なった。

戦争を経験していない世代の、個人のレヴェルにおける恐怖は、戦争という体系がもたらした恐怖の集積に比すれば儚いものかもしれない。ただしその儚い恐怖の共有を侮ったところに愚かな殺し合いが今も起こっている。その意味で、今の時代に史実を学ぶこと、書き換えられる歴史に興味を持つことは尊いことであると思う。過酷さを含めてーその醜さ、憎しみをいかに忘れていくかを学ばなくてはならない。人はすべてを忘れていくー忘れた後に残るもののあり方で人の生き方が変わる。絶望を知らなかったものよりも、絶望を知るものに希望がある所以はそこにある。少なくとも幸福に向かっていく可能性を、持っている。

清清しい人

仕事があまりなく結構暇になった矢先、知人から紹介してもらったフロリダのライターからニューヨークで憲法9条に関する興味深い展覧会があるから一緒に見に行かないと誘われて、ソーホーにあるPuffinギャラリーに行ってみた。「アトミック・サンシャインの中へ - 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」http://spikyart.org/atomicsunshine/indexj.html なんという硬派なタイトル。。続いて出会ったキュレーターのワタナベ氏は見かけはとてもキュート(失礼)しかして、中身はスマートでピュアーな情熱を持っている人だった。私は久しぶりに清清しい、魅力のある日本の青年に出会って、とても楽しいひと時を過ごすことが出来た。こんな人がでてきているのを知らないなんてーもっと日本の雑誌を読むようにしようーと思った一日だった。がんばれワタナベ氏。

2008年2月8日金曜日

Lawence Weiner展

ニューヨークの世良京子さんに誘われてホイットニー美術館にローレンスワイナー展に行った。−すごいーやはりアメリカにもいたー不勉強で作品の一部しか知らなかったので私にとってはいい勉強になった展覧会だった。60年代硬派コンセプチュアルアーティストのワイナーはまだ健在である。--ちなみに彼は友達はあまりいなかったそうである、が、2000年のマンホールの作品などチャーミングでわたしもファンになりました。ありがとう世良さん誘ってくれてーこれからもフィラデルフィアから引っ張り出してね。

2008年2月7日木曜日

Peter Weibelのトーク

ピーターウェイベルのトーク "Is there a world beyond media? Art as a rewriting program"をSlought Foundation www.slought.orgに聞きに行く。ナムジュンパイク氏が60年代にヴィデオを使ったインスタレーションをしてから、あと数年で半世紀—その間ヴィデオアートは堂々たる軌跡を残しながら、新世代作家を生み出し続けている。私は日本の大御所山口勝彦氏の講義を大学で受ける幸運に恵まれながらもヴィデオに傾倒することは出来なかったが、結局のところヴィデオをやり続ける人は感性以上にかなり頑固なコンセプチュアルコアがあるという気がする。Peter Weibelは今は大学教授やキュレーターもしているそうだ—すばらしいレクチャーであったがやはり難解なところも多かった。。最後はやはりデュシャンの言葉—確か学生のとき買ったデュシャン全著作があったから読み直してみようかな。