2008年7月26日土曜日

ドロシーという芸術家

夏の間、友人の紹介でブルックリンに住むデザイナーのところに下宿することになった。女性としてはかなり背が高く、独特のセンスを持っている。腕にはいくつもの彫刻のようなアクセサリーをつけていて、どこかエキセントリックな感じ。古いビルの最上階のフロアすべて彼女の住処で、アンティックと彼女の作品でぎっしり埋まっており、夜帰るとたいてい猫のロキシーと一緒にリビングでくつろいでいる。昼間はばっちり化粧してマンハッタンの中心街で仕事に明け暮れる毎日だが、週末は郊外の自然の中でリチャージするそうだ。インテリアデザイナーの仕事をする一方で、かなりの数のジュエリーデザインも手がけている。彼女がデザインしたすばらしいアクセサリーを見せてもらって、ニューヨークに住む芸術家の層の厚さを伺うことが出来た。

2008年7月23日水曜日

Lonesome George

地球上でたった一匹となってしまい、絶滅の危機にあるガラパゴス海がめ(推定60歳から90歳)がお父さんになろうとしている。やったねジョージ!赤ちゃんが一匹でも多く孵りますように。

http://www.reuters.com/article/environmentNews/idUSN2247458920080722

2008年7月22日火曜日

ペンギン

この2カ月間、ブラジルのリオ海岸に死んで打ち上げられたペンギンは過去最高の約400羽ー大部分が巣立ちを終えたばかりの若いペンギンだったそうだ。理由は明らかにされていないが、最近、リオから生きながら動物園に送られたペンギンたちの多くが油にまみれていたそうであるから、人災であると考えないわけにはいかない。このように漂着し、報告されている以外にどれ だけの惨事が自然界で起こっているのだろう。

ニューヨークの人々

昨日の出来事。一週間ほど友人のドッグシッターを引き受けていたのだが、散歩から帰ってきて、鍵がアパートの中にあるのに気がついた。私の住んでいたアパートでは外出のとき鍵が要るが、多くのアパートは、ドアを閉めると自動的にロックがかかるようになっている。折りしもその日、犬の持ち主のルームメイトでヘアスタイリストの裕さんは外出していたので、ベルををしても返事がない。幸いなことに、彼のヘアサロン(Dlala)の場所を知っていたので(私のドローイングをサロンに飾ってくれるということで、下見に行ってきたところだった)、チェルシーからイーストビレッジまで、犬と共に歩いて行った(これは結構ある距離です)。ところが月曜日は定休日で、敢えなく鍵を受け取ることには失敗し、再びチェルシーへ。取り合えずアパートの前で待つことにした。そして私はここで偶然だがすばらしい経験をすることになった。

アパートの前にはデリ(小さなスーパーみたいなもの)やカフェ、ピザ屋などが並んでいる。店の前にたむろしているおい爺さん達は自分たちの椅子を進めてくれて、仲間に入れてくれたー自分達は月曜日から金曜日まで、ほとんど毎日このデリの前に座って話をしているが、毎日何も変わらないーと盲目のアディは話してくれた。30年前には、目の前のビルで働いていた(今は高級コンドミニアム建設中)のだが、難しい病気で視力を失ってしまったそうだ。それでも四人の息子は皆カレッジを出て独立しているー本当に偉いお爺さんだ。それから気のいいアビーおじいさん、プエルトリコから帰ってきたばかり。皆リタイヤして今はのんびりしているが一方でがむしゃらに働いていたころが懐かしくもあるようだ。

結局、私は朝の6時に家をでて夕方6時半まで、この店先にいる事になった。一日の人の流れ、ドックパークで会った人が通勤し、帰ってくる、そして私服でまた犬を散歩に行かせる。忙しそうな人たち、 店先に椅子を並べてたむろするリタイヤ組、たまに行き来する車椅子のホームレスおじさん。ネロ(犬)と私は水やソーダを買ってもらって、お爺さん達の昔話を聞きながら時間を過ごした。そして最後にアディお爺さんが、今日は特別な日になって、とても楽しかった、と言ってくれた。ピザ屋のおじさんは、後払いでいいから好きなものを注文していいよ、と言ってくれたり、ガブリエルという郵便局で働いている男の人とその友人は、自分達が食事をしているカフェから鳥の焼き飯(?)みたいなのを買ってきてわざわざもって来てくれた。それをネロと一緒に食べ始めたところに裕さんが彼女と来てくれたのだった。

朝の散歩だったので財布も携帯も持っていない。持っていたのは本とボトル半分の水だけ。ー携帯や財布がなければ、日常生活が成り立たないように感じてしまっていた自分は、むしろニューヨークの真中で、人情というちょっと古めかしい言葉を噛み締めることになった。ただし、一時ネロはおなかが減ってバナナの皮まで食べる始末ーごめんねネロ。

2008年7月13日日曜日

ニューヨークのスタジオから

夏の間、ニューヨークにスタジオを移して制作をすることにした。といっても、友人の作家とシェアの空間である。場所はクイーンズのロングアイランドシティーPS1のすぐ近く、画廊のある4階のビル、北壁が前面窓で、高い天井ー私はこのスタジオがとても気に入っている。朝は画廊の掃除をしてスタジオで制作、昼はキッチンで簡単な物を作って週末は画廊に来た人をバズインするだけ、フィラデルフィアと比べると破格に高いレントもこのささやかな仕事で大方カバーできている。

ニューヨークは近いようで遠い町だったー随分前から何人かの友人に誘われていたのだが、フィラデルフィアのほのぼのした空気に慣れてしまった私は、なかなか機会を作れなかった。ところが5月、先にフィラデルフィアからニューヨークに移ったシャンから(しつこく)誘われたのと、私のよきサポーターであるMs. Michell Liao(www.liaocollection.com)からも意見をもらって、突然の決断ではあったがとりあえず夏の間制作環境を変えて見ることにした。

6月に制作現場を移して一ヵ月半、この間にニュージャージ大学の教授をしている女性キュレーターが他の作家のアポがあった機会を利用して、スタジオに遊びに来てくれた。まだ現場がしっくりしていなかったけれど人が尋ねてきてくれることはうれしいものだ。

スタジオメイトのシャンはつい先日結婚して、9月には双子の娘のお父さんとなる身である(今は新婚旅行中)。新妻のジーのお母さんが皆を招いて先日フラッシングでパーティーをした。チャイニーズパワーは凄し。(日本人と中国人は仲良くしないのが現在のトレンドかも知れないが、とりあえず意地悪はされていない)

ところで以前シャンのスタジオに遊びに行った時には必ずクラシック音楽がかかっていた。ところがスタジオメイトになって見ると、実はテレサテンの中国語バージョン日本演歌をかけながら(そして歌いながら)制作している。。。ときに一緒になって日本語の歌を口ずさんでしまっている自分もあり、此処はどこなのかと思ってしまうー。(父が結婚前に趣味をクラシック音楽鑑賞、特にチャイコフスキーの悲愴が好きである、といっておいて、実は演歌も好きだったというのと似ている) 実家に報告したところ、早速美空ひばりのcdが送られてきた。これでチャイナと対抗するぞ。

というわけで私のニューヨーク生活が口火を切ったわけである。あせらずマイペースで制作したい。