2009年10月28日水曜日

Poe in Tsunagu-Wall


小さじに一杯ほどのポーの灰がつなぐ壁に収まった。すぐ下にはお父さんの憲二さんの撮ったスライド(Brooklyn Heights 方面から見たマンハッタン)がある。 大好きだったポー、この灰はカルシウムやマグネシウムや亜鉛やらだけれど,一時はポーの体の一部だった。展示が終わったら特別扱いしてわたしのデスクに置いておこう。ぽーすか、たまには私を思い出して。

かべ

壁ーかべーとは

1)建物の外部を囲む仕切りや,建物の内部の仕切り
2)障害となり,突き破ることが難しいもの

と手元の電子辞書にあった。かべは仕切ることによって建物の空間を分ち,同時に支え,またその仕切られた空間のかたちを決定する重要な要素となる。一方、それが抽象的に使われるときには、一般にネガティブなニュアンスー取り払われなくては行けないのに、なかなかできないものを指して使われることが多いと思う。

何故かべをつくるのか?それは守るためでも,支えるためでも,区分するためでもある。また、かべによって分断された空間は,心地良くもあり,過ごしやすくもあり、他の空間のことを考えなくも良いので物事に集中することができ、自分を守ってくれるありがたい場所ともなる。一方で,外の空間と交わりたいのに、かべのなかに閉じ込められていると感じた瞬間に,自分を守ってくれているはずのかべの存在が,突如ひるがえって、自分を孤独な閉塞のなかに置き去りにした、あるいは、自分を混沌のるつぼに突き落とした犯人の仕掛けた罠のように、重く、分厚く立ちはだかって見えるのである。

守り,支え,自分がその内,あるいは外に存在しているのだ、という認識をさせるかべは、自分以外のまわりにも無数に存在する。それらが合わさって一つの分厚い壁、あるいはつながった空間を作っているとすれば、わたしの存在している世界や認識は、そのかすかな一部の層に過ぎない。層と層のつながりを意識することは,私を世界の一部にする。そして,美しく,醜く,高尚で低俗な、そして平和で野蛮なもの,大切な物とそうでないものが、目の前でゆっくりと合わさって行く。

2009年10月12日月曜日

日野江都子さんのブログ

今日、国際イメージコンサルタントの日野江都子さんがブルーカーペットというサイトで連載されている『ニューヨーク発 Real Cosmopolitan Style & Rules』とうブログで,私の展覧会を紹介してくれた。このブログは「あり方、生き方、姿勢」という意味の”Style”を切り口としてアートやファッション、食、文化や人などなどについて、彼女が選んだトピックについて書かれている。そんなサイトに紹介してもらって少し気恥ずかしいが,本当に展覧会を丁寧に見てくれていて、又それをとても解りやすく読者に伝えてくれているところは、友人ながらさすがだなーと思った。ありがとう。

ーちなみにパートナーであり夫でもあるMas Hinoさんのリンクを、先日の私のグログで間違って古いリンクをかけてしまいました。もしMasさんのギターについて知りたい人は こちらをクリックして下さい。(私はこれを機会にMasさん関係のブログをたどりましたが、かなりなカリスマ度ですーでも本人は結構朗らか)ー

お二人ともフィラデルフィアまで来て下さって本当にありがとう。ニューヨークでまた遊んで下さい。

2009年10月10日土曜日

Philadelphia Asian American Film Festival

今日Philadelphia Asian American Film Festivalで上映されたベトナムのドキュメンタリー"Operation Babylift"を見て来た。ベトナム終戦時1975年、フォード大統領がサインをした孤児移送作戦によって2500人以上に及ぶ戦災孤児、乳幼児がアメリカへと”救出”された。それは明らかな政治パフォーマンスであったことは否めないー養子を育てた親の中に、そして養子となって異国で育つことになったベトナムの子供達の中に,長年繰り返されて来た問いかけと葛藤ーそれをポジティブな視点から編集したドキュメンタリーだった。

貧しい国と豊かな国の価値観の違い、自分のルーツのある国と自分の距離、アイデンティティの問題ーそれは、アメリカの文化の中で育った戦後生まれの日本人にも共通する問題提起でもある。

上映後の質疑応答で、養子として育った制作者の一人が ”答えは一つではない。ある朝起きて,自分が如何に幸運であったかを実感する、またある朝は自分がホーチミンで、眼鏡をかけることもなく暮らしていることが幸福であったかも知れないと思う、人間の信念,考えは変わるものだ。” というようなことを言っていたのが印象的だった。

2009年10月8日木曜日

オープニングの写真が届きました


10月3日のオープニングの様子を写真家の瀧上憲二さんが撮ってくれた。そのほか、フィラデルフィアからは多くの友人が来てくれて、久しぶりにお互いゆっくり話ができて嬉しかった。また、ニューヨークから会場に駆けつけてくれた友人のドロシー、Gohan Society の瀧上妙子さん(と熊ちゃん)、イメージコンサルタントとして活躍している日野江都子さん、知る人ぞ知るカリスマ・ギター&ベース制作者Mas Hinoさん ー皆さん遥々フィラデルフィアまで来て下さって本当にありがとう。

2009年10月4日日曜日

オープニング




写真は今日の午後,瑞希ちゃんがパパと会場に来てくれた時のショットー

昨日、展覧会のオープニングがあった.(その時の写真は後ほど直ちゃんのブログhttp://jp.keikomiyamoriにアップされる予定です)ニューヨークからも友人が来てくれたり,久しぶりの友人にも会えていいオープニングだったと思う。インドの子供が二人,お母さんとやって来た。昨日のプレビューの前に子供たちが1時間半も”つなぐ壁”を観察していたそうで,どうしても壁に自分の物を入れたいと木の破片と蝶の絵が描いてある段ボールの破片を持って来てくれた。小さな手から交換物を受け取ってアクリルのケースに入れ、リストに名前と物の名前を書き込んで”つなぐ壁”の前に一緒に行った.ケースをはめ込んだときの彼らの眼の輝きを忘れられない。

2009年10月1日木曜日

搬入ほぼ終了ー







今日までにほぼインスタレーションが完了した。明日は最後の仕上げをしてプライベートプレビューとオープニングに備えたい。手伝ってくれた皆さんありがとう。特に直ちゃんは頑張ってくれました。

2009年9月25日金曜日

搬入開始

今週からフレイシャー美術記念館での展覧会のための搬入が始まった。昨日、つなぐ本の為の本棚と、つなぐ壁の棚板がジョンギボンスさんの協力で完成。今日からいよいよブリックを積み上げる作業に入った。直ちゃん、ダンテ、まゆみちゃん、棚板を磨いてくれてありがとう。細かいところをいつも指示してごめんなさいーとても良く仕上がっていると思います。明日はつなぐ壁を完成させて、正面の壁のロビングの設営にも着手したいと思います。

2009年9月17日木曜日

600冊の本のカバー

今日直ちゃんとWissahickon Creekにロビングに行ってきた。昨日Liao Collection のMichelleに貸してもらった彼女のお気に入りの6冊の本のカバーを作る為である。都心の木とは違ってのびのびした樹々の中を久しぶりに歩いて気持ちがよかった。そしてスタジオでついに600冊の本のカバーを作り終えたーそれはつまり、つなぐ本のプロジェクトの為の600本の樹のロビングを終えたということだ。

2009年9月15日火曜日

John Gibbonsの展覧会

以前展覧会で知り合いになったJohn Gibbonsの展覧会がRebekah Templeton Contemporary Artで行われた。おめでとうジョンとイゾベル ー とてもいい展覧会だった。John は来週から始まる私の展覧会の設置を手伝ってくれる。今週末までに準備を整えて、いい展示ができるようにしたい。

2009年9月8日火曜日

直人君のピアノ

先日、去年のニューヨークのプロジェクトで一緒に働いてくれた直人君が,スタジオにヘルパーに入ってくれた。そのあとアシスタントの直ちゃん、改め、溜ちゃん(”なおちゃん” が直人君の ”なおちゃん” とかぶってしまった為、これから彼女は ”ためちゃん” ということになりました)と、やはり先日助っ人にきてくれた(同郷の)まゆみちゃんも加わって、緒にうちでカレーを食べた。料理は全く自信がなかったが,みんなにほめられてほっと一息。私の住んでいるビルのロビーにピアノがあって、そこで(実は元プロのピアニストで,現在は生物化学の大学院生である)直人君が食事のあとにピアノを弾いてくれた。心にしみいる音楽でした。

2009年9月3日木曜日

To Poe

私が唯一甘えられる男の子であったポーが先週の日曜の朝に死んでしまった。その前日、ニューヨークに突然行くことになったので妙子さん宅に立ち寄って元気な姿を見たばかりだったのにー電話を受けて迷わずニューヨークに舞い戻った。冷たくなってしまったポー。まだ生きているようなやすらかな顔をしていた。何度も何度も頭をなでて、妙子さんと憲二さんと一緒に獣医さんのところに連れて行った。

to poe:
you can go but you have to remember me so that i can be with you
you can go but you have to protect me so that i can live with you
you can go but you have to find me in the next life so that i can recognize you, so that we all live together again, with full of light, with joy, share these thoughts with you
you, man, thanks all you gave things to me
i love you so much, as you should already know

生まれ変わって住む世があったら、あるいは今の世で、また会えますように。

2009年8月28日金曜日

フィラデルフィアでオープニング







フィラデルフィアのCenter For Emerging Visual Artistで昨日オープニングがあり, ”屋根のない鳥かご” シリーズの一つをインスタレーションの一部として発表しました。夏休み中でしたが、思いがけなく多くの来客がありました。会場に足を運んで下さった方々,本当にありがとうございました。

10月3日の展覧会に向けてまたコツコツと仕事をしますー。

2009年8月10日月曜日

Concert in the Parks

今年の夏も,ニューヨークの瀧上家に遊びに行っていました.そして先月、彼女の友人と共にセントラルパークでニューヨークフィルの野外コンサートを聞きに行ってきました。そのときの様子は瀧上妙子さんのウェブマガジンに載っています。芝生で気持ち良さそうに寝ている人や,音楽に聴き入っている人、会話やサンドイッチを楽しんでいる人など様々、ピクニック気分でとても楽しいひとときでした。

現在600冊の本のカバーを作っていますが,そのための樹のロビングもばっちりしてきましたー。(8月1日ドラフトのアップです)

2009年4月5日日曜日

ブログ

ブログは個人が自由に意見できる場である。先日のインクワイアーの記事に関するブログでへこんでいた私だったが、早速友人が違うブログを見つけてきてくれたー
http://floggingbabel.blogspot.com/2009/04/city-root-rootless.html
うれしい意見である。こういった作品を通じた小さな輪が広がって、それが少しずつ成長しながら繋がりを持って行ければ素敵なことだと思う。ありがとうー

2009年4月4日土曜日

新聞記事

今週のフィラデルフィアの新聞に作品の記事が写真つきで紹介された。タイトルは日本語に訳すると”拒絶された彫刻、目下センターシティーにて休息中”といったところであろうかーhttp://www.philly.com/inquirer/magazine/42311802.html
インクワイアーの記者の方から連絡があって、いろいろインタビューを受けたが、記事は作品の美的な評価よりも現実的な金銭的な問題のほうに重きが置かれてしまった気がする。読者からの批判的なブログの意見も見つけて困ったが、友人からはアメリカには”記事(に扱ってもらうこと)はすべて良しとする”という言葉があるそうで、細かいことは気にせず、ありがたく思っていれば良いとアドバイスを受けた。こんなときこそ心をを広くもって、プレッシャーに負けずにがんばって行きたい。

2009年3月31日火曜日

鳥かごの格子とドット

イメージを物質としてかたちづくること。鳥かごの格子ーつながりを持つように見えるドット,木の肌から移された木炭の、ある時間の軌跡。一つ一つの,具体的な存在としての、ドットとイメージの関係を厳しく見つめること。

2009年3月25日水曜日

屋根のない鳥かご

今、”屋根のない鳥かご”のシリーズの作品を作っている。鳥かごのケージ一本一本の格子に、まず下貼りの和紙を巻き、その上に上張りとして、今度はロビングを施した和紙で(これもまた細い格子一本一本を)巻いていくという作業ーしかも木肌の模様は合わせたいので結構気を使うー殆どの人は気づかないかも知れないが、細いケージの間から浮かび上がってくる模様には、何とも言えない不思議な魅力があるものだ。日本に帰る前に仕上げたかったがーとにかく残り10日間で一つは仕上げたい。ドレッドヘアーのdante君とかわいいnaoちゃんが来くれる日には,多めのご飯を炊いていく。皆でお弁当を食べたりして,結構和やかな日々である。naoちゃんは新しい本の編集も手伝ってくれた。ありがとう。明日は遂に税金申告を終わらせ、制作に集中できるように頑張りたいー今日は長い夜になりそうである。

2009年3月22日日曜日

おじへ

昨日とても悲しいメッセージを聞いた。父の兄で宮森家兄弟の中では飛び切りの秀才(元東大書生)にしてハンサムな漸おじが亡くなってしまった。今回は私の愛用しているコンサベーション仕様のスーパーめがねをお土産に用意して遊びに行くのを楽しみにしていたのに。ただいつも和服で腕を組んだりして芥川龍之介のようにクールなおじのこと、私が前回買った補聴器同様、拡大めがねなど絶対にかけなかったことと思う。高校野球をみているときに具合が悪くなり、意識がないまま3日間で逝ってしまった。

父の実家は裕福ではなかったので,兄弟みんなで稼いで仕送りし続け、長男である叔父を大学に行かせたそうである。(長男だったら俺だって東大に行けたのだーと次男である父は負け惜しみを言っていたのを覚えているーそんな時代であったのだ。頑張り屋の宮森家兄弟の長男として君臨していた伯父さま,本当にお疲れさまでした。

今日おばに弔電を打っているとき、アメリカ原住民の詩が思い浮かんだー皆の悲しみを尻目に、魂となったおじは今、役目を終えた安堵感で、タバコでもふかしながら微笑んでいるのではなかろうか?ダンディズムはまだまだ続いているのではなかろうか。

When you were born, you were crying and everyone around you was smiling. Live your life so that when you die, you're smiling and everyone around you is crying -

- Unknown

Back to my studio in Philly

しばらくニューヨークでの仕事が忙しく、なかなか自分の時間が取れなかったが、3月は久しぶりにスタジオで自分の制作が出来きている。ちなみにニューヨークでは11月よりコマーシャル関係の仕事を請けおってクリスマスもお正月も誕生日もバレンタインデーも缶詰状態でした。しかし周りを見回すと仕事のない人が結構多くて、依頼があったのはありがたいことだと思う。つかれたー。4月6日にフィラデルフィアで撮影があり、(Leeway FoundationのTransformation Awardというのを先日いただいて、その関係の仕事です)、それが終わればすぐに日本に帰国ー今度は長くて6週間、特に予定はないので今度は家でゆっくりしたい。