2009年10月10日土曜日
Philadelphia Asian American Film Festival
今日Philadelphia Asian American Film Festivalで上映されたベトナムのドキュメンタリー"Operation Babylift"を見て来た。ベトナム終戦時1975年、フォード大統領がサインをした孤児移送作戦によって2500人以上に及ぶ戦災孤児、乳幼児がアメリカへと”救出”された。それは明らかな政治パフォーマンスであったことは否めないー養子を育てた親の中に、そして養子となって異国で育つことになったベトナムの子供達の中に,長年繰り返されて来た問いかけと葛藤ーそれをポジティブな視点から編集したドキュメンタリーだった。
貧しい国と豊かな国の価値観の違い、自分のルーツのある国と自分の距離、アイデンティティの問題ーそれは、アメリカの文化の中で育った戦後生まれの日本人にも共通する問題提起でもある。
上映後の質疑応答で、養子として育った制作者の一人が ”答えは一つではない。ある朝起きて,自分が如何に幸運であったかを実感する、またある朝は自分がホーチミンで、眼鏡をかけることもなく暮らしていることが幸福であったかも知れないと思う、人間の信念,考えは変わるものだ。” というようなことを言っていたのが印象的だった。
貧しい国と豊かな国の価値観の違い、自分のルーツのある国と自分の距離、アイデンティティの問題ーそれは、アメリカの文化の中で育った戦後生まれの日本人にも共通する問題提起でもある。
上映後の質疑応答で、養子として育った制作者の一人が ”答えは一つではない。ある朝起きて,自分が如何に幸運であったかを実感する、またある朝は自分がホーチミンで、眼鏡をかけることもなく暮らしていることが幸福であったかも知れないと思う、人間の信念,考えは変わるものだ。” というようなことを言っていたのが印象的だった。