2010年1月21日木曜日

チェルシーの画廊

先日チェルシーの画廊を久しぶりにぶらぶらしていて、良かった展示

Sean KellyのAnthony McCall

光を幾何学的な物体としてみせるインスタレーションで、暗闇の中、人がその中を通過すると、あたかもその人物が異次元の世界からやって来て、次の次元へと歩いていく感じがした。一緒にいた友人が、

ああ、敬子さんが行ってしまう。。。悲しいー

と言っていた。(言ってくれた)

物体のように見えているのは実はスモークが炊いてあるからで、その光の立体物に触れようとしても、触れたーという実感を持つことはできない。また、闇の中から登場した私たちの肉体も、すぐに闇の中に消えてしまう。

ぜひ二人以上で訪れて、お互いの存在のはかなさを体感してほしい。

あと、メアリーブーンではボイスをやっていた。(折り畳んだボイスのポスターももらえる)



ところで、帰りがけにリチャードセラの作品を積んだトレーラーを目撃、3台があちらこちらにの路上に止まっていた。一緒にいた友人の世良(せら)さんと、これだけの物量は、もうガゴーシアンギャラリーしかないだろうね、と話していた。

2010年1月14日木曜日

誕生日

今日は記念すべき我が誕生日であるー今まで生かしておいてくれて、ご先祖様ありがとうございます、また両親にも感謝ですー至らぬことも多いが、また一年頑張ろうと思う。ところで、今日は友人でキュレーターのSeanのオープニングがある。Rebekah Templetonはフィラデルフィア市街の北はずれに現れた、私の好きなギャラリーである−ニューヨークのギャラリーにも負けないような、いい展示をやっている。Seanはとてもまじめな青年で、私はキュレーターとしての彼しか知らないのであるが、作家としてどんな作品をみせてくれるのか、今から楽しみにしている。

追記
ショーンの展示はトニーアウズラーみたいなバルーンが中央にあって,その影が月食のようで面白かった。2月にDVDをリリースするということだ。それからニュージャージーにある秘境の日本料理屋で友人達と食事をした。何歳になったのか、(若いコ達が気を使ったのか)なぜか話題にならなかった。。。別に隠している訳ではないのだが。

2010年1月13日水曜日

スタジオにこもって

年明けに、生活費を稼ぎにニューヨークはトライベッカのスタジオに行っていた(出稼ぎですな)。そして遂に2010年,制作開始ーということでフィラデルフィアの我がスタジオに入ったが、まずはその狭さに閉口しているー場所を作らなくては制作ができないー。11月に展覧会を撤収して、早々に日本に行ってしまった為もあるかと思ったが,とにかくスペースが足りないようだ。私のスタジオをすごく広いと勘違いしている方もいるようだが、インスタレーションとは終わればパーツに別れて収納されるので、私のスタジオも天井こそ高いが,250スクエアフィートあるかないかだと思うー(日本間でいうと10畳間くらいの制作場所に大きな机が置いてあって,片側にプラス4畳半ほどの収納スペースといったところ)そろそろスタジオをアップデートしなくてはならない。。と、いつも思いつつ年を経過している。

2010年1月3日日曜日

Happy New year

12月の末に日本から帰国してばたばたと年末の仕事を片付け、ニューヨークの友人宅で今年のニューイヤーを迎えた。
(1/13追記:その時のことがwebマガジンの記事にーThe Gohan Societyの瀧上妙子さんのコラムです)

去年の年末は日本で一ヶ月ほど滞在し、また父が冥土の土産に万里の長城を歩いてみたいーという希望もあって北京にも行ってきた。とてもユニークなガイドに案内されて一通り観光名所を廻ることができたし,夜にツアーを抜け出して、北京の友人に若者の集まるはやりのスポットに連れて行ってもらった。公園では太極拳に代わって、あちこちで社交ダンスを楽しむ市民のグループがある。ただ残念なことには,鳥の巣の会場を見学した際に当初の重要なメンバーであったアイウェイウェイの名前を聞くことはなかった。又,至る所でおそらくは少数民族の人たちが観光客相手に物売りをしているー北京のいくつかの顔を垣間みるツアーだった。

日本では音楽家の友人の三浦能さんとその奥様三浦智恵ちゃんと茨城の息栖神社に水取にいったり、柏の知る人ぞ知るサロンに連れて行ってもらったりした。そこでのアメリカに関する情報には大変驚いた。ー世の中には報道されないされない様々なことが行われている。その情報を知ることは、ある意味でとても大切である。しかし、もっと重要なことは、それを知って(あるいは、知らなくても)どう行動するか、にあると思う。このようなセミナーや話し合いを通じて、世の中を私利私欲でなく、大きな目で見て行動する人たちが増えていけばいいと思う。

展覧会は水戸芸術館のヨーゼフボイス展を見た。 ボイスに関しては、実は私がまだ美術を専門とする以前、ある研究グループを通して針生一郎さんのお宅で国際自由大学の構想を聞いた時知った作家だった。その時は武蔵野美術大学の学生が熱心に討論していたのを思す。ボイスやシュタイナーについて知って25年近くたったが、今振り返ってみると、彼のいう“社会彫刻”の考え方に、私も影響を受けてきたように思う。

ところで今年の6月に彫刻家で広島市立大学の教授である伊東敏光先生から、彫刻論の講座に講師として招待していただいた。ちょうこくろん、、といっても私は正当な“彫刻家”ではない。私の考える”彫刻”の意味と社会との関わりを通した芸術活動の役割について、いくつかの作家を例に挙げながら講義ができればいいかなと思っている。いずれにしても若い人たちと、個人・芸術・社会について考えることは、私にとっても良い勉強の機会となると思う。