2010年3月15日月曜日
moma-abramovic
MOMAでMarina Abramović - The Artist Is Presentをみる。今までの彼女の代表的なパフォーマンスを数々のパフォーマーが会場で演じている−というか、ほとんど感覚のない”object(もの)”としてその場にあるように配置されている。しかもあるテンションを持って。
彼女自身も、会期中3ヶ月以上、オーディエンスの一人と一日中、じっと向かい合って座っているパフォーマンスをしている。(live video)マリアが目の前にいる!the artist is present ーと、彼女だからこそ言えるのだ、としみじみと感じた。すごい存在感。
一緒にいた広島市立大の先生をしている友人が、彼女の美しさが、ある種恐ろしい行為を中和させているようだ、と言っていた。たしかに彼女の行って来たことは、歴史を通じて、人が如何に人(あるいは自然)をものとして扱うことを許容してきたかを、体を張って告発して来たようにも思う。
向かい合う二人の人物は、弓と矢をそれぞれの側からひっぱる。矢を引く相手は、実は鏃を引き止めている。弓を引けば引くほど、その矢はするどく自分を射抜くのである。
彼女自身も、会期中3ヶ月以上、オーディエンスの一人と一日中、じっと向かい合って座っているパフォーマンスをしている。(live video)マリアが目の前にいる!the artist is present ーと、彼女だからこそ言えるのだ、としみじみと感じた。すごい存在感。
一緒にいた広島市立大の先生をしている友人が、彼女の美しさが、ある種恐ろしい行為を中和させているようだ、と言っていた。たしかに彼女の行って来たことは、歴史を通じて、人が如何に人(あるいは自然)をものとして扱うことを許容してきたかを、体を張って告発して来たようにも思う。
向かい合う二人の人物は、弓と矢をそれぞれの側からひっぱる。矢を引く相手は、実は鏃を引き止めている。弓を引けば引くほど、その矢はするどく自分を射抜くのである。