2010年8月10日火曜日

いつか、外交を語るのに、核を含む武力の問題を語るのがナンセンスな時代がくるといいなと思うし、そうなっていかなければならない。

戦争は、結局は一部の人間が、有限なものを略奪独占しようとするところに起こるが、武力でお互いを制圧、威嚇し続けなければいけない私たちの世界は、まだまだ未熟だと思う。

核をもって威嚇しあう必要性が,戦争を回避するというところに落ち着くならば、略奪しなくても十分に生産できるようにすること、同時にその情報が開かれることが必要である。

資源を略奪するのでなく、資源、エネルギーを作り出す為の技術力の獲得競争ーそれは武力で勝ち取るものではない。そして、如何に正確な、あるいは誤った情報をコントロールするかが国益を語る際の主な興味に移っていくだろう。成熟した時代といわれるには、正しい情報が、最終的には国を超えて享受できるものでなければならない。さもなければ、私たちはボトルいっぱいの水を巡って、どんなことでもやらかしてしまう可能性がある。

油戦争から水戦争へ、死の商人たちに踊らされる社会をつくらないために、私たちにもできる意識改革はないか、考えてみる。

たまたま、大学時代の友人で、現在は金沢で古本屋(http://www.duckbill.co.jp/)を経営している友人に送ったメールが開かれて、彼女の活動や考え方を思い返していたー地方から、今後さまざまな運動も生まれてくるかも知れないな、と思っている。